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ガールスカウトの成り立ち

ガールスカウトの日とは

「ガールスカウトの日」の5月22日は、「昭和22年」5月22日に由来しています。
今日は、昭和22年の5月22日がどんな日だったのか、考えてみませんか?

平和の灯 -焼け野原でガールスカウトを再建させた女性たち


1927(昭和2)年当時のユニフォームは、
洋装と和装の2種類でした。

ガールスカウト運動は、「少女と女性の可能性を最大限に引き出す」ために1909年に英国で始まりました(当時の名称はガールガイド)。家の中に閉ざされがちだった少女たちの冒険心を満たし、野外活動の楽しさや、自分だけでなく他の人を幸せにする奉仕の心を教えるこの運動は瞬く間に世界中に広まり、1920(大正9)年には、日本にも伝わり、東京から各地へ広がりました。当時は、人を導くという意味の「ガールガイド」を訳した「日本女子補導団」という名称で全国で活発に活動し、平和・友を思いやる心のもと、世界とのつながりを大切にしておりました。しかし、ガールガイド運動の理念とは裏腹に、第二次世界大戦が開戦し、日本はイギリス、アメリカと戦火を交えることとなりました。 国の方針を受けてメンバー一人ひとりの意見は、解散か中止か、さまざまでしたが、家族に迷惑をかけることは控えなければならないという女性らしい心遣いから、日本女子補導団は解散を決意し、日本のガールスカウトは活動の一時中断を余儀なくされました。

その後、1945(昭和20年)の終戦によって日本の歴史は一変しました。

その中で、1947(昭和22)年、荒れ果てた東京で、ふたたび、もう一度活動したいと考えていた女性たちが集まりました。戦争は終わったものの、日本は荒廃の中にあり、衣食住の問題はきわめて深刻で、国民はその日その日の生活に追われていました。東京の街には、家族を失った子どもたちがうつろな目をしてさまよっている姿がありました。だれも、自分たちの生活が精いっぱいで、他人のことに手を貸すまでのゆとりもない時代でした。そんなさなか、

「だれの手を待つまでもなく、私たちの手で!」


「私たちの手で、この国の未来を担う少女たち
を育てましょう」という気概あふれる、
1948(昭和23)年 の講習会受講者たち。

を合言葉に、混乱した社会の中で、日本の将来を担う少女達を正しく明るく導いていくために、女性たちは立ち上がりました。現在の私たちからは想像もつかない困難な時代、生きることのみに追われる中で、有志の女性たちが固い信念をもって立ち上がったのです。

その日が、5月22日です。 その2年後にはガールスカウト日本連盟が設立されました。

今日の私たちの活動があるのは、焼け野原で、ガールスカウトの活動に光を見出し、懸命に再建に努めた先人たちのおかげです。この時代よりずっと、未来を担う少女達が自分の人生を自分で切り拓く力をつけ、幸せになれることを願ってまいりました。93年の歴史の中で、私たちは、少女たちの可能性を最大限に引き出し、社会に貢献できる女性を輩出してまいりましたが、今後も、ガールスカウト日本連盟は、気持ちを新たに、少女と女性の視点に立ち、日本の女性が、幸せな人生を歩めるよう社会への責任を果たしてまいります。

参考資料: 『ガール・スカウト 半世紀の歩み』 社団法人ガール・スカウト日本連盟、1971年発行

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